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10年を振り返ると開放していってる?

👤horomi

今日は変な夢….というか、答えのない考え事を延々として熟睡できなかった。

どんな考え事かというと….

「自分、結局何がしたいんだろうか?」という問い。

一応は目的のようなものを設定して取り組んではいるものの、その目的を大きく含めた目的(?)は何なのか…という漠然とした疑問が湧いてきてしまったのです。

今まで、ちょっと肌感が違う…とか、くだらない…とか、そういう感覚で道を選んできたけど、結局のところ何に固執して方向転換をし続けてきたのか…について、振り返ってみたくなった。。。


教員時代

社会人1年目は、好きなことと将来性との兼ね合いが上手く行かず現実的な道を選んだ。

マンツーマンで徹底的に指導してくださった拠点校指導員の方のおかげで、学校教育というものを学べた。ただ、学べすぎてしまったがゆえに、現場のくだらなさも早い段階で悟ってしまった。。。

1年目の終わりに研究授業の発表者になってしまい、発表すると、なぜか校長から絶賛され、教育委員会(?)のよくわからない人にも評価された。別にボーナスをもらえるわけでもないし、出世するわけでも、給料が変わるわけでもない。

校長からの評価はとても迷惑な形で返ってきた。

「来年赴任してくる〇〇先生、年齢的に主任にしなければいけないんだけど、学級崩壊させるので市内で有名な先生でさ、上手くやってくれないか?」

仲良くさせていただいていたとある部会の長に、飲み会の場でぼやいたところ…

「あ〜、あるあるだな、それw ま、来年は地獄だろうけど、頑張れ」と言ってゲラゲラ笑われた。

この業界は、評価=尻拭い という構図によって上手く回しているんだということを理解した1年目だった。

2年目はたしかに地獄だったけど、自分の仕事+他人の仕事+子どもの前での演出….という何倍にも膨れ上がる業務に追われた。想定外だったことは、副主任も仕事をしない人だったということだった。

結局、学年主任のような1人で3クラス担当しているような、よくわからない業務をして連日残業しても給料は年功序列で残業代は無いという労働環境にも嫌気がMAXになってしまった。

このまま続けても先が見えるなと思わざるを得ない状況になり、その後数年惰性で在籍したあと退職した。

メモ:学年を開放したい
  • 1年しか関わらない人間に対してそこまでエネルギーを使うほどお人好しではない
  • どれだけ学級経営の質を上げても、翌年経営力のない教員に回され、生徒は問題児扱いされるのを見届けるのが苦痛だった
  • 仕事をしない人、仕事ができない人は生理的に受け付けない

老人ホーム時代

忙しなく動く子どもを見るのに疲れ、ゆっくり動くであろうお年寄りに囲まれた仕事がしたくなって転職した。

耳の遠い方が多くいる関係で、職員は常に話し方がゆっくりで、自然な文節区切りを習得することができた。

優しい指示の仕方も学べた。

「椅子に座りますっ!!(語尾強め)」という伝え方によって締まる=教員の話し方の特徴

「椅子に座ってくださいね」という伝え方によって敬いを含める=介護職員の話し方の特徴

雑談の中で現代史を身近に感じることができるのも楽しかった。

「私の子どものころは….」→尋常小学校時代

「私の若い時は….」→戦時中

「会社員時代は….」→高度経済成長期

常に手帳の年表とにらめっこしながら、その時の時代と関連付けて会話をしていました。(歴史って役立つんだねw)

メモ:時代の開放
  • その人の人生の歴史は聞いていて飽きない
  • 若い頃の出来事は認知症になっても残り続ける
  • 残された力を日々観察してできることができるようにサポートすることにやりがいを感じられた
  • その人の長い歴史の中で私との思い出が1秒でも残っていたらこの上なく嬉しいと思えて看取れた

全国展開している学習塾

学年を越えて学習できる塾を選んだ。能力によって先にも行ける。分からないのなら分かるまで復習しないと先に進めない実力主義。

教員の時、一斉授業をするのがあまり好きではなかった。

理由は、書いてあることを読めば分かるだろうという考えがあったから。

書いてあることをなぜわざわざ授業するのかというと、クラスの生徒の発言を上手く取り入れながら授業を進めていくことに意味のようなものを見出しているようだった。でも、実際のところ授業をする前の段階から、どのタイミングで誰がどんな発言をするのかを予測して指導案を作っている。大枠は想定通りに事は運び、うまくまとめて授業を終えられる。生徒は友だちの発言を聞いたり板書を見たり、活動をしたりしながら体感して学ぶのが学校らしい。

「勉強をする」ということに特化して考えると、自分の中でどう変化を起こすか….ということだけであって、私は個人的に学校で勉強できるようになったことは無かったので、俄然塾の方針に共感しかない。

受験塾ではないので、合格したら卒業するわけでもなく何年も何年も在籍できる。

ただ、地域密着型なのが個人的に息苦しく感じていた。地域によって提供できるサービスのレベルが変化してしまうのが嫌だった。ド田舎(私の幼少時代)は、レベルの高いサービスを受けれないという現実がある。

そんな時、コロナ渦を迎え、やむを得ずオンライン学習を立ち上げることになった。

地域を越えて学習の質を上げられる絶好の機械だと思って、積極的にスキル提供をして、売上にも貢献したが、思わぬ事態になった。

やたらと上層部が評価してきたのだ。

結果的に全国のオンライン研修として採用されたが、都合のいい部分を組み合わせて中身は空っぽ、最悪なことに、「見栄えだけのいい」産物として世に出回ってしまった。

メモ:場所・教材の開放
  • 生み出すことのできない人は発展させることすらできず、ゴミにする才能だけがある
  • 他人の手柄は自分の手柄という図々しさは関わらないのが吉
  • 組織は信用できない

  • 専用の教材を使う=高いロイヤリティを払い続ける

  • 場所に縛られない学習形式の基礎を作ることができた
    • 私個人の取り組みとして磨いていこうと誓った

インターネットの活動

ネットにはいろんな機会が転がっている。プログラミングは無料で学べるし、勉強する環境やその中で仲間も作ることが出来る。人は環境で変わるって言うけど、私にとって環境は安心できる場所だった。

隠さず学んだことをシェアしても、同僚からクレームは来ない。

過去にもらったクレーム:

  • 「そんなこと私にはできないから、プレッシャーになってしまう」
  • 「年長者を立ててくれ」
  • 「表には出さず、スキル提供をして売上を上げてくれ」

助けてほしいけど、自分の面目は保ちたいという思考なんだと思うけど、その人が自走できるようになるには、学び合う姿勢が必要だと私は思う。

いろいろめんどくさいから、身分は隠してインターネットで活動することにした。

インターネットには頭のいい人がたくさんいるから好き。

たまに、くだらない思考を混在させた人もいるけど、そんな人は関わらなければいいし、目障りならブロックすればいいだけんこと。

理解できる人、理解し合えそうな人とつながって、刺激し合いたい。

刺激を得ることでいろんな経験をすることができた。

メモ:時の開放
  • 異業種でのやりとりができるようになった
  • できたてほやほやの技術に触れられるようになった
  • 試行錯誤を見せてくれる仲間が現れた
  • テキストで大抵のことが済まされるという事実を理解した

何より、クレームの無い世界は健康的で嬉しい

まとめ

  • 学年の開放
  • 時代の開放
  • 場所・教材の開放
  • 時の開放

AIと人の温かみを上手く組み合わせて、学び続ける場所は作れる。

どれくらいAIを使うのか、、、、使いすぎると学習者は飽きてしまう。機械的すぎはよくない。

温かみを重視しすぎると、、、稼働がかかって効率が下がる。丁寧すぎはよくない。

丁度いい塩梅を設定するのが腕の見せ所なんだと思う。

売るためのサービスではなく、残るためのサービスを作りたい。

モードではなく、スタイル。

ポーチ1つで仕事できる未来を私は実現させたい。


P.S. 2H一気に思ってることを吐き出してスッキリした〜♫