初詣に靖国神社へ行った。
そこにある遊就館という英霊資料館がある。
武具甲冑や刀剣なども展示されているが、一番有名なのは大東亜戦争で祀られた英霊の展示だろう。
今まで私は戦争関連の展示施設は避けてきた。
理由は、なんとなく怖いから。
多分刺激が強すぎて数日寝れなくなってしまうのではないかと危惧していた。
でも、今年は思い切って踏み入れてみた。
そしたら違った意味での刺激があって悲しくなるどころではなかった。
事前に知っている知識が少なすぎたのかもしれない。と思って、帰りに靖国神社の本を買った。
一般的な神社は神話に出てくる神様や古代の天皇・皇族だが、靖国神社は幕末以降に「実在した一般人」、特別な功績があった人物が祀られている。
幕末以前でも僻地に国家的功績のある人を祀ってきた歴史がある。
___P.30「神話でも戦争美化でもない靖国神社」:東條英利・久野 潤
武家政権時代(鎌倉・室町・江戸)で仏教が徐々に強くなり、神様を祀る動きが疎かになっていく。
王政復古の際、明治天皇は「武家政権以来、祭祀が衰えたこと」を嘆き、国家的祭祀の立て直しを願っていた。
これまで以上に強大な外敵が現れ、本当の国難を迎えた時、
日本人がそれに立ち向かうだけの揺るぎのない気概を持つために神様を祀る文化を取り戻そうというのが、明治維新の思想的な拠り所だった。
___P.34「神話でも戦争美化でもない靖国神社」:東條英利・久野 潤
明治天皇は和歌で「靖国に眠る英霊こそ、私たち日本人の心の光だ」とおっしゃっている。
今の社会は単純な損得勘定で物事を考えてしまっている。
先人を想い敬う気持ちがなくなってしまうと、日本人らしさの全てがなくなってしまう危険性がある。
___P.41「神話でも戦争美化でもない靖国神社」:東條英利・久野 潤
戦後のGHQによる神道指令で、神社をこれまでのように国家や公的機関が管理することは禁止され、サンフランシスコ平和条約で解除されたものの、今では一般的には戦没者や殉難者に対する思いが薄れてしまった。
ここで気になるのは、明治天皇。
明治天皇は一体どういった思想の持ち主だったのだろうか?
日露戦争開戦前に詠まれた和歌:
日本の四方にある各国の人々はみな同胞のように私は思っているに、
なぜ戦争が起こりそうな険悪な情勢になるのだろう
___P.46「神話でも戦争美化でもない靖国神社」:東條英利・久野 潤
この帝は、明治維新成立時16歳であった。
帝王としての価値観や生き方(※ 薫陶)を、武士から学んだ経緯がある。
西郷隆盛の推薦で山岡鉄舟が担当した。
鉄舟は求道家であり、無私ということをもって成道の目標としていた。
___p.145「殉死」:司馬遼太郎
真理・道を一生かけて追い求めて修行し、
その到達点として、自分の損得やエゴを離れて物事を捉える境地を目指していた。
わたしは、なんとなく影響があるのではないかと思ってしまう。
求道者として無私を目指した鉄舟
→ その薫陶を受けた明治天皇
→ 個人の損得を超えた「公のために生きる(あるいは死ぬ)」という価値観
→ その究極形として、国のために殉じた人を祀る、という発想
確かに史料上では、
英霊を顕彰する場をつくる
→ 忠義や献身を讃える国家的“物語”ができる
→ 国民の一体感や忠誠心が高まる
という構図かもしれない。
「国家的」という部分が気になる。
全国統一したのは維新後初めてではない。
豊臣秀吉、徳川の江戸の時代とは何が違うのだろうか?
維新以前、全国は統一されたものの所詮は藩の寄せ集めでしかなかった。これは国家とは言えない。
「忠臣を顕彰する」「殉死を称える」といった文化。
あくまで「大名家・主君と家臣団」の世界に閉じていた。
維新後は、藩主への忠誠ではなく、「天皇」と「日本国家」への忠誠を求める。
実は靖国神社には、長州藩の招魂社という戦没者を祀る神社から連なる系譜がある。
幕末には各藩で国事殉難者の招魂祭が行われるようになり、その流れの中で明治政府内でも「東京にも中央の招魂社を」という構想が生まれた。
日本陸軍創始者の大村益次郎が「東京に招魂社を創建すべきだ」と明治天皇に献策し、東京招魂社(のちの靖国神社)が創建される。
その背景には、東京奠都のころ明治天皇が祭政一致の詔で「武家政権以来、祭祀が衰えたこと」を嘆き、国家的祭祀の立て直しを願っていたという経緯がある。
精神・価値観に注目したとき、一本の線で繋がって見える。
靖国神社の展示施設で意外と涙腺は緩まなかった。
その原因は『知識が不足していて、気になることが多すぎたからではないか?』ということで、
靖国神社の創建について調べると、創建には明治天皇の意向でもあったことが分かった。
祭祀と政治を一体と見る明治天皇の感覚に影響を与えたのは、薫陶を教えた山岡鉄舟の影響なのではないかという個人的な感想。
余談だが、明治天皇は武骨は臣僚を好む傾向があり、晩年、乃木希典に夢中だった。
このことは次回以降で触れることがあるかもしれない。